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2021年7月20日 (火)

若者と協働のまち「河和田アートキャンプ」始まりは、環境問題から

 京都大学准教授の浅利美鈴先生が日経新聞の経済教室の紙面で「ごみ削減を考える」やさしい経済学を担当されて、昨日7月19日付け新聞から掲載されている。2004年7月18日「福井豪雨」の復旧ボランティア支援で、NLKメンバーを連れられて、8月23日河和田入りをされたことで、浅利先生とのおつきあいが始まっている。NPO法人かわだ夢グリーンは、河和田地区生ごみ問題連絡協議会を核に、NPO法が施行されたのを受けて、半年をかけて202年に設立している。

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 当時のNPO法人かわだ夢グリーン2代目理事長のコメントが出てきた。


若者の皆様へ

                       NPO法人かわだ夢グリーン

                          理事長 駒本 長信

 平成16年夏に発生した福井豪雨の災害復旧支援には、1万余人のボランティアの方々の応援がありました。それらの人たちの中に、自らの活動主体を科学と芸術の中から新しい手紙として発信している京都の大学生らを中心としたグループ・NLK・の若者たちがありました。

 彼らが、被災地となった文化や歴史と伝統産業の息づく河和田に関心を寄せる中から、我々のかわだ夢グリーンとの交流が始まりました。

 被災後に協働で取り組んだ子どもたちを励ます『学校で縁日』や、ノーモア水害の願いを込めた『テルテル坊主・祈りの夕べ』などは、多くの地区民の励ましとなりました。

 それらの交流の中から本年(平成17年)は河和田地区に内在する伝統産業や文化・歴史・自然の財産を掘り起こして学生自らが企画した芸術的造形物を作成する『アートキャンプイン河和田』とその作品発表である『かわだテクテク』、それに昨年からのテルテル坊主完結編の『テルテルあすへの願い』を実施することになりました。

 河和田地区に芸術家の卵たちがどのような提案と刺激を与えてくれるのか、我々はただ創作活動の環境整備やその他の生活サポートに徹し、その完成を楽しみにしていました。炎天下での創作と充分でない宿舎での長期にわたるキャンプはさぞ辛かった事と思いますが、彼らの捜索に打ち込む真摯な姿は地域の人々にどれほど勇気と元気を与えてくれたことでしょう。地区の若い漆器職人との連携もあり、共に流した熱い汗の結果の造形作品には、若い感性があふれ、訪れた多くの人々に新鮮な感動と、地区に吹いた新しい風を肌で感じた事でしょう。

打ち上げの席で流した美しい涙は精一杯取り組んだ証であり、若者たちの心の中に河和田のことが青春の一コマとして深く刻まれたことと思います。

今後も、このような若者が地区内で活動できる地盤情勢と支援体制の構築に微力を尽くしたいと思います。

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