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2015年11月24日 (火)

南三陸町の被災地の現状を、市民創世会で研修

11月21日(土)、南三陸町の3・11の被災地を市民創世会で視察。被災地説明ガイドを、復興みなさん会代表の後藤氏が、会派で借りてきたレンタカーに乗車して、早朝からしていただきました。

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Cimg6759ホテル観洋から見える、全部流されてなくなってしまったが、現在ではワカメやたこの筏・養殖も広がり始めている。

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高台の住民が避難場所になっていた中学校の地震、停電でとまったままの時計、津波など時系列での説明や丘の下の小学校が児童生徒全員が無事山に逃げ、そのまた山の中に逃げ込んで鳥居すれすれまでの波から全員助かった、1週間後の校長先生の言葉、「神様はあるんだ」、丘の上にいたんでは、流されなくなってしまっている国有林審議官家族と同じ運命になっていたなど・・・。

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涙無しにはお聞きできない津波での運不運、人生の分かれ目を感じる説明をしていただきましたが、後藤さんも涙を感じる眼でした。

志津川中学校に統廃合されて戸倉中学校、被災した廃校で、卒業式だけを3回開催。校庭には、仮設住宅が立ち、4年たってもまだほとんどの方が移るところもなく、居住しておられました。

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Cimg6797震災前の町並の写真を手に、防災センターの瓦礫を20年は残していこうと。

Cimg6796役場の防災センターも海抜0メートルに造っているんでは駄目だ。防潮提が8メートルだから、町職員は避難しなくても大丈夫、役場で支援に当たってください、と指示を出していた町長の判断。防災センターで30分避難を呼びかけていて命落とした24歳のみきちゃん、そのあとをマイク持った三浦さんも津波に飲まれてしまった。

現在の橋をつける工事や、防潮堤防、かさ上げなど、国の縦割り行政や、現状にそぐわない復興施策など問題点も多く語っていただけました

人間は埋め立てをした。自然から奪ったもの自然が海から返せ、と言うのが今回の津波。縄文時代の遺跡は被災していない、昔の人間は、自然を見ながら自然の法則に沿って生きてきたことを証明している、と。

エネルギーだけでなく、資源も枯渇してきている。欲望をかなえるために電気も必用だった。自分自身の欲求をコントロールしながら幸せとは何なのか考えることを与えてもらえた。

今後とも被災地のガイドを通し、震災は、人間の生きていく生き方を教えられた、絆の大切なことも教えられた。1歳8ヶ月のが、生まれてきてよかったと言ってもらえるような、孫の喜ぶ社会を作りたい、と、後藤さんは語られました。

今回の3日間、東北地方の被災地支援は、まだまだこれからが本番かなと身が引き締まった視察でした。お世話になりました方々、ありがとうございます。元気で前を見ながら進んでおられる日々、非被災地にいてもできるところで出来る支援をさせていただきたいと思います。

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