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2015年9月21日 (月)

生協の活動でお世話になった池内啓先生のお別れ会

福井大学の名誉教授で、市民活動など広く支援をしてこられた池内先生が9月10日、老衰のため94歳でお亡くなり、お別れ会が13日福井のソートフルやしろで催されました。

若かった頃、福井に戻り、河和田の田舎で母が生協に加入していてCO-OP商品を購入をしている!と驚いたものです。母は、小さいころ面倒を見てあげていた甥が、横浜生協の活動に関わり、生協の幹部職員になっていることで、生協を身近に思ったんでしょう。20人いないと、福井から配達できませんと言われ、安心安全な商品を手に入れたい知り合いの方20人を誘ったんでしょう。うちは、河和田1班で母が班長をずう~と引き受けていました。そのうち私自身もだんだんと生協の活動に入らせていただきました。

機関紙「がんばらにゃ」の活動をやりたいと自ら名乗ったことで、非常勤理事に、編集にも第45号かかわらせていただいてきました。この機関紙「がんばらにゃ」で、委員長をさせていただき、当時の池内先生・理事長、宮川専務が交代の論説「にじ」で、深いおつきあいをさせていただけました。

池内先生は、おじさんの高橋幸八郎先生の後輩とかで、特別に可愛がっても頂きましたが、20年くらいのがんばらにゃとのかかわりが、今の市議会議員の素地を作ってこれた、成長させていただけたと思っています。

お別れの会の言葉で、宮川さんが池内先生に、草創期の頃、「これから生協の進む道は」と尋ねられたら、「町の公園に」とお応えになられたとか。

組合員4,500人くらいから、6,000人の組合員になったとき、理事会で、理事に小さな小さなお祝いのケーキが配られました。お土産に持って帰ったケーキに、「生協の活動していてもいいよ、寂しいけれど・・・」と言った子どもの言葉。今では、10万人の組合員、店舗経営、福祉事業から地域活動まで、今年は農業にも事業進出。大きな生協になりました。

池内先生とのご功績を讃え、若き日の思い出と共に、かつて生協活動を共にさせていただいた職員の皆さんも立派になられ、池内先生のお別れ会の時間を共有させていただきました。

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